スポーツと勝負論
「強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだ。」
スポーツ選手がこの言葉を使うと、とても虚しく感じます。
強い者は勝利に一番近いところにいるのは間違いないはずです。
だけど、強くなくても勝てる場合があります。
勝つことが一番大事だとすれば、勝つ為に卑怯な手段を取る者もいるでしょう。
なり振り構わず勝ちにこだわる人がいれば、それに応じたズルさや汚さは必要なモノになってきます。
このズルさ、汚さも強さの内なのでしょうか?
ズルさや汚さに頼るのは、自らの本質的な弱さを認める行為なのではないでしょうか?
「強さ」の中には、人の分まで頑張れる許容量や、それぞれの意思を尊重出来るような包容力、どんな苦境にも耐えうる精神力などや、負けを認める清さや、むやみに戦おうとしない穏やかさも入っていると思います。
観る側も、人の勝利に便乗して気分よくなろうとするのではなく、
「弱い者が強い相手に正々堂々と向かって行って、一敗地に塗れたとしても、ズルをして勝とうとするより遥かに強い。」
「勝負で本当の強さは分からない。」
と感じながらスポーツを応援すれば、スポーツは次の次元に進んでいけるのだと思います。
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