坂本龍馬と お龍

慶応2年1月23日(1866年3月9日)深夜、寺田屋で坂本龍馬と三吉慎蔵が伏見奉行の捕り方に囲まれた際、それを先回りして知らせたのが、当時、龍馬の内縁の妻だったお龍でした。

 

伏見奉行が寺田屋の家屋を取り囲んでいるのを物音で察した時、お龍は入浴中でした。

慌てて風呂から出ると、捕り方に2階にいるのは誰だと聞かれ、「薩摩の西郷さん、もう一人はわかりません…」 と、お龍はとっさに龍馬をかばいました。

それ聞き捕り方が表玄関へ回っている間に、お龍は秘密の裏階段で2階へ上がり、先回りして龍馬と慎蔵に通報します。(この経緯については、『千里駒後日譚』(1899(明治32)年、川田瑞穂 著)の中で、お龍自身が詳しく話しています。)

 

そのおかげで龍馬は不意打ちに遭わずにすみ、後の三吉慎蔵の活躍もあって一命を取り止めました。

後に龍馬はそのことを姉・乙女に「この龍女おればこそ、龍馬の命は助かりたり」と、その感謝の気持ちを伝えています。

 

この「お龍」こと楢崎龍は、医師の楢崎将作と貞(または夏)の5人兄弟の長女として生まれました。

 

 

父の将作は青蓮院宮の侍医で、とても裕福な暮らしをしていたそうですが、勤王家だったので、安政の大獄で捕らえられ、赦免後病死してしまい、一家の大黒柱を失うと、家庭は一気に困窮します。

 

『はたらいて いるは女の 屑(くず)ばかり』

 

江戸時代の川柳です。

当時、女性は家を守り、男性が外で働くというのが当たり前だった時代、女性の働き先はロクなものがありませんでした。

 

上3人が女の子で、まだ下の男の子2人は小さくて働けない為、生活が立ち行かなくなった母・貞は人に騙されて、お龍の妹・光枝は大坂の女郎に売られることになります。

それを知ったお龍は、着物を売って金をつくると大坂に行き、妹を連れて行った男2人を相手に「殺せ、殺せ、殺されにはるばる大坂に来たんだ。これは面白い殺せ」と啖呵を切って、相手が一瞬ひるんだ隙に、お龍は金を返して妹を取り戻しました。

 

その後、龍馬と出会い、2人は結ばれるのですが、こんなお龍の気性を、龍馬は姉・乙女に「まことにおもしろき女」と伝えています。

龍馬が江戸の千葉道場で剣術修行をしていた際に恋愛関係になった(婚姻を結んだという説もあります。)師匠・千葉定吉の娘・佐那(または千葉さな子)も、とても綺麗な女性だったようですが、「千葉の鬼小町」と恐れられるほど剣が立つ人だったらしく、龍馬はこういう強い女性に惹かれていたのかもしれません。

 

だけど、当時は封建時代。

「女性は三歩下がって」的な考え方が常識だった時代です。

 

坂本龍馬が亡くなった後、気性の荒いお龍は行き場を失い、暮らしは荒れました。

最も信頼していた西郷隆盛も、明治の黎明期の中に没していきます。

 

後に、西村松兵衛と再婚し、横須賀に居を構えますが、夫に先立たれたお龍の妹・光枝と松兵衛が内縁関係になり、結局2人で出て行ってしまいます。

命をかけて女郎屋から救った光枝に、裏切られるようなカタチで別れなければいけなかった、お龍の気持ちを察すると切なくなります。

 

その後、退役軍人・工藤外太郎に保護されて余生を送りましたが、そんなお龍を「幸せな生涯だった」とは言えないかもしれません。

お龍自身も、先に上げた『千里駒後日譚』の中で「龍馬が生きていたなら、また何か面白い事もあったでしょうが…」と語っています。

 

龍馬亡き後、どんどん孤独になっていったお龍。

そんなお龍について、土佐藩士・佐々木高行や、安岡重雄などが語っていますが、それを読んでいると、あまり良い印象を持てなくなり、そうなるのも仕方がないと受け取られる人も多いでしょう。

 

だけど、もし楢崎龍が、男尊女卑が当然ではない現在の社会を生きていたら、同じような評価だったのだろうか?同じ人生を歩んだんだろうか?と思うと、けっしてそうではないようにも思えるんです。

 

ひょっとすると、坂本龍馬は楢崎龍の気質の中に、将来あるべき女性の姿を見ていたのかもしれません。

 

“「……そういやぁ、おまんが働きゆう竹ノ屋の軒に、雀が餌を食べに来ゆうろお?
あれは誰かが餌をやりゆうがかえ?」

「あれはお民がやってまんねん。」

「それはえい!!
お民はほんに良かオゴジョじゃ!」

「おごじょ??」

「薩摩の言葉で女のことぜよ!
『軒の雀に餌をやるのは、良かオゴジョたい』ち西郷さんが言うちょった。」

「…ははぁん、その西郷はんが認めはったおごじょが、龍馬はんにはお有りでんな?」

いうと、龍馬はんは無言でワテを見て笑うてました。

抜粋:: 嶺里ボー “龍馬はん”

 

嶺里ボーのKindle小説「龍馬はん」

嶺里 ボー『 龍馬はん』 

 

 

「野暮ったい恰好してんけど、ああいうオトコは、案外オンナにモテんねんで。」

維新の志士、坂本龍馬が暗殺された近江屋で、真っ先に殺された力士・藤吉の目に、龍馬や幕末の侍たち、町民の暮らしはどう映っていたのだろうか?

倒幕、維新の立役者として名高い坂本龍馬・中岡慎太郎の陰で、ひっそりと20年の命を閉じた藤吉に眩しいほどのスポットを当て、涙や感動・笑いやほのぼのなどをいっぱい詰めた、嶺里ボーならではのユニークで豪快な一作です……。→ 続きを読む

 

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